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歴史

歴史

伊香保温泉は、榛名山の火山活動によって温泉が湧出したと言います。発見は、1900年前とも1300年前とも言われています。万葉集にもその名は、登場しています。現在の温泉街が形成されたのは、戦国時代とされています。当時は、温泉宿は源泉の近くにありましたが、長篠の合戦での多くの負傷者の治療のため、より広い場所が必要となって、現在の地へと移転したということです。

この際、山の上に湧きだしている温泉を効率よく宿に送るために、石段と温泉街が計画的に造られたそうです。1576年に完成したというその石段は、伊香保神社から一番下の関所まで約360段もの階段が続き、高低差は約80メートルとされています。現在では、宿の他にみやげ物店、射的場などが立ち並び昼夜を問わず賑わいを見せるまでになっています。山上から湧き出す源泉を木製の導管で引いて、多数の浴場に分湯する伊香保独自のシステムは小間口制度と呼ばれていますが、代々土豪たちに引き継がれてきたそうです。

「金太夫」や「岸権旅館」といった戦国時代に創業した宿も今なお健在ですが、街は度々火災に見舞われ、建物自体は近代的なものが多くなっています。長篠の戦いは、後世の歴史に大きな影響を及ぼしたと言われていますが、この戦いがなければ現在の伊香保温泉もなかった言っても過言ではないでしょう。明治時代以降は竹久夢二、徳富蘆花、夏目漱石、萩原朔太郎、あるいは野口雨情など文人が多く訪れています。

また、御用邸やハワイ王国大使別邸なども建てられています。さらに1910年には、渋川から路面電車も開通しましたが、同線は後に東武伊香保軌道線となり、バスの台頭で1956年に全廃されています。戦後は、歓楽街温泉としても栄えていたようです。芸妓組合が現在も存在していますが、近年、温泉街の店舗が東南アジアから人身売買で連れてこられた少女を監禁し、売春行為を行っていた事実が発覚し、マスコミに取り上げられ問題となりました。

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